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2026.02.26

登大路BOOKS 岡 潔『数学する人生』

登大路だより

お客さまと登大路ホテル、そして奈良をおつなぎする「登大路だより」。今回は〈登大路BOOKS〉と題して、当館サロンの書棚からスタッフが気になる1冊、『数学する人生』をご紹介します。「奈良」と「数学」の意外で深いつながりです。

ロングセラー『春宵十話』の著者

今も版を重ねる岡潔の著作

『数学する人生』は、世界的数学者・岡 潔(おか・きよし、1901~1978)が残した数多くのエッセイの中から、気鋭の研究者である森田真生(もりた・まさお、1985~)さんがセレクトして編んだ1冊です。岡潔といえば、60年以上前に出版され、今も読み継がれるベストセラー『春宵十話(しゅんしょうじゅうわ)』をお読みになった方も多いのではないでしょうか。岡は昭和26(1951)年から亡くなるまでの27年間を、奈良市内で暮らしました。

明治34(1901)年に生まれた岡潔は、幼少期を主に和歌山で過ごし、京都帝国大学理学部を卒業。昭和4(1929)年から3年間フランスへ留学します。フランスでは、のちに世界初の人工雪を作った物理学者 中谷宇吉郎(なかや・うきちろう、1900~1962)や、その弟で考古学者の治宇二郎(じうじろう、1902~1936)と親交を深め、数学に打ち込みます。帰国後は広島や北海道で研究を続け、和歌山で終戦を迎えました。1949(昭和24)年、奈良女子高等師範学校を前身とする奈良女子大学の創設に伴い教授に就任、1950年代には「多変数解析関数論」分野の世界的超難題である「三大問題」すべてを解決。晩年は教育者としても意欲的に発信を続けました。

岡潔が教授を務めた奈良女子大学

多彩な岡潔に出会える1冊

『数学する人生』の編者 森田真生さんは、学生時代に岡潔のエッセイに出会い、文系から数学科へ進路を変えてしまったという人物。そんな森田さんが厳選した岡の文章は、週刊誌に掲載された日記や学習雑誌に寄稿した文章など、多種多様です。数式が出てくるわけではありませんので、数学があまり得意ではないという方も安心して手に取ってみてください(笑)。

本文はテーマに沿って4章に分けられています。1章は岡の講義録をまとめた「最終講義」、2章は幼少から留学時代を回想する「学んだ日々」、3章は岡が数学や人生の中心に据えた「情緒とはなにか」、そして4章はミチ夫人の文章も含む「数学と人生」で構成。編者の森田さんが「いま、岡潔を読むということ」「新しい時代の読者に宛てて」という序と結びを寄せています。登大路ホテルのサロンの書棚には、森田真生さんの『計算する生命』なども配架しています。こちらには数式も登場しますが、読み物としても魅力的な1冊です。

ミチ夫人が見た岡潔

『数学する人生』は、興味のある章から読み進められるアンソロジーですが、巻末に簡単な年譜がありますので、先に目を通しておくといいかもしれません。また、4章収録のミチ夫人による「文化勲章騒動記—超俗の数学者がもみくちゃにされた一月間」も秀逸です。当初週刊誌に掲載された一文からは、文化勲章を受章した1960(昭和35)年秋の、岡家の自由で楽しく、それでいて一本筋の通った暮らしの様子が伝わってきます。最初の見出しはなんと、「ステテコのいいのは八千円」(岡の大きな勘違いなのですが、ネタバレしないでおきますね)。受賞内定の知らせを外出先で受け取った岡が、「内定だから、漏らさないように」と言われ、同行していた娘さんにも黙っていたエピソードや、丈夫で安価という理由でいつもゴム靴を履いていた岡に、授賞式で革靴を履かせるための一悶着など、クスっと笑ってしまう逸話が満載です。岡の京都帝大卒業と同時に結婚したミチ夫人は、岡の没後3か月も経たずこの世を去りました。

数学と情緒と奈良

50歳から奈良に住み、研究を大成させ、数々の名随筆を世に送った岡潔。自宅から奈良女子大学に歩いて向かう途中、何かひらめくと座り込んでは棒や石で道端に数式を書いていたのだそうです(道路が舗装される前でよかったですね!)。また、晩年には「人の中心は情緒である」「数学とは自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術」と語り、教育と日本の未来に危機感を抱いてもいました。奈良の自然や風土が、大発見や思索の深まりに少なからぬ影響を与えていただろうと思うと、数学が今までより少し(!)身近に感じられます。

※2026年2月現在の情報です。

岡潔著、森田真生編『数学する人生』新潮社、2016
森田真生『計算する生命』新潮社、2021

奈良女子大学
奈良市北魚屋東町
・登大路ホテルから北へ約600メートル

奈良女子大学学術情報センター「岡潔文庫」
https://www.nara-wu.ac.jp/aic/gdb/nwugdb/oka/

NHKアーカイブス 岡潔
https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009072047_00000

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