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2026.03.07

お写経が祈りをつなぐ 薬師寺

登大路だより

明治時代に来日し、日本の文化財保護に大きく貢献したアーネスト・フェノロサ※1。彼が称賛した薬師寺東塔は、2009年からの大規模解体修理を経て、その美しい姿で見るものを魅了し続けています。今回の「登大路だより」は、災害や兵火にたびたび直面しながらも創建時の祈りを守り継ぎ、1300年前の姿を再興しつつある世界遺産 薬師寺のご紹介です。

失われた伽藍

近鉄橿原線 西ノ京駅の東側に、朱塗りの伽藍(がらん)が堂々と建ち並ぶ薬師寺。その創建は飛鳥時代の680年、天武天皇※2が皇后の病気平癒を願ったことに始まります。快癒した皇后は、天武天皇の遺志を継いで持統天皇※3として即位し、藤原京(現在の橿原市)に最初の薬師寺が建立されました。その後の平城京遷都に伴い、現在地に移されたのが、今から1300年余り前の718年のこと。東塔と西塔の2つの塔を持つ荘厳な佇まいは、新都のランドマークとして存在感を放っていたことでしょう。

その薬師寺最大の危機が、戦国時代の1528年に起こった「享禄(きょうろく)の兵火」です。金堂や講堂、西塔をはじめ、周辺の家々までもが戦乱に巻き込まれて焼失。以後、仮金堂などが建てられましたが、大規模な復興は叶わぬまま歳月が流れます。江戸時代後期に描かれた2つの絵を見比べると、ガイドブック的な「大和名所図会(ずえ)」には、堂宇もまばらな薬師寺のリアルな姿が描かれています。一方の「南都西京 薬師寺古伽藍図」には、回廊をはじめ立派な堂宇が建ち並んでおり、かつての隆盛をしのぶ「復元想像図」の役割を果たしていたことがよく分かります。

「大和名所圖會」部分(江戸時代後期、奈良県立図書情報館蔵)

「南都西京薬師寺古伽藍圖」部分(江戸時代後期、奈良県立図書情報館蔵)

写経による伽藍の再興

歳月はさらに流れ、明治維新後に出された「神仏分離令」、いわゆる「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」によって日本各地の寺院は荒廃、薬師寺の伽藍再興の悲願はさらに遠のきました。

失われた伽藍の再興という大悲願は、1968年に当時の高田好胤(こういん)管主による「お写経勧進」というかたちで動き出しました。広く一般の人たちに「般若心経」を写経してもらい、その納経料をもって伽藍再建にあてるという一大プロジェクトです。1976年には100万巻もの写経が納められ、約450年ぶりに金堂が再建されました。現在、薬師寺に納められている写経は850万巻を超え、大講堂、西塔、食堂(じきどう)などを順次建立、1300年前の姿が取り戻されつつあります。

「お写経道場」は予約不要で用具もすべて揃っている

納めた写経は境内諸堂で無期限保管される

2026年で再建50年を迎える金堂

兵火をくぐり抜けた薬師三尊

再建された金堂に安置されているのは、ご本尊で国宝の薬師三尊像です。病気や災難から人々を救うとされる薬師瑠璃光如来(るりこうにょらい)を中心に、右の日光菩薩、左の月光(がっこう)菩薩ともに、造られたときには金色(こんじき)に輝いていました。現在つややかに黒光りしているのは、兵火で鍍金(めっき)が溶けてしまったことによるもの。戦禍をくぐり抜けてきたご本尊を目の前にすると、改めて平和を思わずにはいられません。本尊台座(国宝)には、ギリシャやペルシャ、インド、そして中国の文様も刻まれています。ギフトショップと総合案内所のある建物(東僧坊)内には、実物大の台座のレプリカがあり、国際色豊かな文様をじっくり眺めることができます。

東僧坊には本尊台座の精巧なレプリカがある

祈りの花会式

薬師寺でとりわけ大切にされてきた年中行事が、毎年3月25日から7日間にわたって行われる「修二会 花会式(しゅにえ・はなえしき)」です。1107年に堀河天皇が皇后の病気平癒を祈願して、無事快癒したことから、旧暦2月に行われる修二会に、10種の造花(つくりばな)を奉納するようになりました。

いま咲いたかのように美しい花会式の造花

現在、2000本近い花を毎年つくるのは、薬師寺にゆかりのある2家族です。花びらのひだや葉脈にいたるまで、根気よく丁寧に仕上げられた花々がご本尊の前に飾られ、堂内には練行衆(れんぎょうしゅう)※4の力強く変化に富んだ声明(しょうみょう)がひびき渡ります。

薬師寺の伽藍は、国宝の東塔や東院堂※5などごく一部を除き、その多くが近年再建されたものです。しかし、真新しい空間で執り行われる数々の行事や、写経に集う人々の姿には、1300年前から変わることのない平和への祈りが守り継がれているように思えます。

花会式が終わるころ、奈良にはいよいよ春が訪れます。

鎌倉時代に建てられた国宝の東院堂

左奥が再建された西塔、右手前が創建時から唯一残る東塔

※1 アーネスト・フェノロサ:1853~1908、アメリカ人。1878年に来日、東京大学で経済と哲学を教える。東洋美術や日本美術に興味を持ち、岡倉天心らと古美術調査のほか、東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立にもかかわり、近代日本の芸術家育成や文化財保護に寄与した。
※2 天武(てんむ)天皇:631?~686、大海人皇子、天智天皇の弟。吉野で挙兵した壬申の乱で勝利し即位。中央集権的国家を確立した。
※3 持統(じとう)天皇:645~702、天智天皇の娘で天武天皇の皇后。藤原京を造営し、律令制の基盤を築いた。
※4 練行衆(れんぎょうしゅう):寺院で旧暦2月に行う法会(ほうえ)「修二会」に参加するため、決められた方法で身を清め、外部との交流を絶った僧侶のこと。東大寺の二月堂修二会「お水取り」が有名。
※5 東院堂:鎌倉時代1285年に再建され、薬師寺では東塔につぐ歴史を持つ国宝。日本最古の禅堂でもある。堂内に安置されている「聖(しょう)観世音菩薩」は創建当初の仏像で国宝。

法相宗大本山 薬師寺
奈良市西ノ京町457 近鉄西ノ京駅から東へ120メートル https://yakushiji.or.jp/

薬師寺お写経道場
9:00~17:00(16:00受付終了)年中無休 https://yakushiji.or.jp/osyakyo/

薬師寺修二会花会式
3月25日~31日 https://yakushiji.or.jp/event/hanaesiki.html

※2026年2月現在の情報です。