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2026.03.06

春をつかさどる、佐保川の桜

登大路だより

奈良の桜の名所といえば、吉野山。ですが、登大路ホテル周辺にも奈良公園をはじめ、桜を堪能できる場所がたくさんあります。今回の登大路だよりは、桜の季節はもちろん、新緑の季節も美しい佐保川周辺をご紹介します。

春の女神、佐保姫

春日山原始林※1に源流を持つ佐保川。東大寺の北から西南へと流れる小川は、少しずつ川幅を広げ、かつての平城京東端に沿って南下、秋篠川をはじめとする支流を取り込みながら大和川に合流し、県境を越えて大阪湾へと流れ込みます。奈良時代には、佐保川の右岸(北側)から佐保山と呼ばれた丘陵地までの土地を「佐保の内(さほのうち)」と呼び、万葉集の編纂者とされる大伴家持(おおともの・やかもち)※2をはじめとする貴族の邸宅地でした。

また、古代の人たちはこの地が平城京の東にあたることから、東方を春とする五行思想※3にならい、佐保山に宿る神を「佐保姫」と呼び、春をつかさどる女神と考えました。

『奈良細見図』(部分を加工)1889年 国会図書館デジタルコレクション

では、奈良時代から佐保川には桜並木があったのでしょうか。万葉集に残された小野老(おのの・おゆ)の有名な歌、「あをによし奈良の都は咲く花のにほふ(匂う)がごとく今盛りなり」にある「花」は、種類を特定したものではないので断定はできませんが、当時の花と言えば、かぐわしい匂いを持つ「梅」を指しました。さらに、万葉集には桜も多く詠まれてはいますが、そのほとんどは遠く眺める「山桜」のことです。江戸時代後期の『南都八景』※4には奈良の8つの名所が紹介されていますが、佐保川は蛍の名所として描かれています。

『南都八景』のうち「佐保川の蛍」 江戸時代後期 国会図書館デジタルコレクション

幕末に桜や楓を植樹した名奉行

佐保川の桜並木が現在に近い姿になったのは、幕末の奈良奉行、川路聖謨(かわじとしあきら 1801~1868)の時代です。1846年3月に赴任した川路は、5年余りの任期中に多くの改革を手掛け、住民の生活改善に取り組んだ名奉行であると同時に、風雅を愛する文人として奈良の桜が想像以上に枯れていたことに心を痛める日記を残しています。興福寺から猿沢池へ続く大階段「五十二段」の脇にひっそりとたたずむ「植桜楓之碑(しょくおうふうのひ)」は、桜と楓(かえで)の苗木数千本を奈良の各所に植樹した川路が、1850年に自ら建てた記念碑です。川路が率先して寄付した植樹運動は人々に共感の輪を広げ、その範囲は興福寺や東大寺を中心に、南は百毫寺(びゃくごうじ)、西は佐保川の堤に及びました。石碑には、「景観は手入れを続けてこそ美しさを保つことができる。後世の人たちもそのことを忘れないでほしい」という意味の一文も刻まれています。

樹齢170年の「川路桜」は佐保川右岸、JR大和路線と交差する手前にある

いにしえに思いをはせて

桜の頃はもちろん、新緑の季節にもおすすめの散策は、大佛鐡道記念公園※3の脇から佐保川に沿って大宮橋あたりまで、近鉄奈良駅の北西から一駅先の新大宮駅の北側にあたる片道1キロほどのコースです。川に向かってあふれるように花を咲かせる樹齢170年の「川路桜」の少し西の両岸には、佐保川と交差するJR大和路線(関西本線)の小さな踏切があります。踏切を越えて西に進むと、川のそばまで下りることのできる親水スペース「佐保川 水辺の楽校」で休憩することもできます。300メートルほど西の大宮橋からは、桜並木の東奥に若草山をのぞむことができます。

万葉集にも多く詠まれた佐保川。特にこの近くに住んでいたとされる先述の大伴家持や坂上郎女には、佐保川にまつわる歌が多く残され、川堤の歩道沿いには歌碑が点在しています。護岸も整備され、古代とは姿を変えてしまった佐保川ですが、いにしえの人々に思いを巡らせながら歩くのも、奈良ならではの楽しみです。

下長慶橋の北側にある大佛鐡道記念公園のしだれ桜

佐保川の堤が歩道になっている奈良市法連町周辺

JR大和路線(関西本線)と交差するあたりは撮影スポットのひとつ

大宮橋から若草山をのぞむ

※1 春日山原始林:春日大社の神域として平安時代から狩猟や伐採が禁じられ、1200年近く人の手がほとんど入ることなく守られてきた国の特別天然記念物であり、ユネスコの世界文化遺産。
※2 大伴家持:(おおとものやかもち、718~785)奈良時代の政治家、歌人。万葉集の編纂者と考えられており、万葉集約4500首の1割以上が家持の歌。父の旅人(たびと)、叔母の坂上郎女(さかのうえのいらつめ)も歌人として万葉集に多くの歌が収められている。
※3 五行思想:中国の昔の思想で「木火土金水」の5つを宇宙万有の元素とした。季節と方角と色の配当はそれぞれ、木(春・東・青)、火(夏・南・赤)、土(土用・中央・黄)、金(秋・西・白)、水(冬・北・黒)。
※4 南都八景:「八景」とは「近江八景」「金沢八景」など地方の8つの景勝地。「南都(奈良のこと)八景」は室町時代に始まるとされ、佐保川蛍、東大寺鐘、三笠山雪、春日野鹿、南円堂藤、猿沢池月、雲居坂雨、轟橋(とどろきばし)旅人の8つ。
※5 大佛鐡道記念公園:奈良と加茂(京都府)を最短距離で結んだ通称「大仏鉄道」の「大仏駅」跡地。東大寺大仏殿の最寄り駅(東へ約2キロ)として利用されたという。営業期間は明治31(1898)年からわずか9年間。

登大路ホテル奈良からのアクセス
大佛鐡道記念公園(佐保川の桜並木の東端)
奈良市法蓮町986 登大路ホテル前の国道369号線の西800メートルにある「船橋商店街」の入口から北へ600メートル。手前の細道を西に入ると佐保川右岸の歩道になる。

大宮橋(佐保川の桜と若草山が同時に楽しめる)
奈良市法蓮町と芝辻町3丁目の境界 近鉄奈良線 新大宮駅より北へ300メートル

※2026年3月現在の情報です。