そろそろ団扇(うちわ)が活躍する季節ですね。プラスチック製のうちわにもある「骨」は、竹を細く割って広げた本来のかたちを受け継いだもので、30本ほどに分かれています。ところが、奈良に伝わる「奈良団扇」の骨組みは多いもので90本! しかも完成まで2年以上の歳月をかけています。
今回の登大路だよりは、美しくてしなやかな奈良団扇の秘密をご紹介します。
今回ご紹介する内容
1. 1軒で守る伝統工芸
2. 使わないともったいない
3. 技と手間が生む美しさとつよさ
1軒で守る伝統工芸
奈良団扇のルーツは、春日大社の神職が手作りしていた「禰宜(ねぎ)うちわ」といわれます。古くは柿渋(かきしぶ)を塗ったシンプルなうちわでしたが、やがて装飾を帯びたものに発展しました。ところが、奈良団扇の歴史は一時期途絶えてしまいます。江戸時代の末期、かつて作られていた透かし彫りの技法を復興したのが、春日大社参道の三条通りに店を構える池田含香堂(がんこうどう)です。
「奈良団扇は実用性が高いものが装飾性を帯びてきたもので、むしろ使ってもらわないともったいないんです」というのは、池田含香堂6代目の池田匡志(ただし)さんです。19世紀初めの名産品案内本『五機内産物図会(ごきないさんぶつずえ)』にも、「しなやかに かろきは奈良の 団扇かな」と紹介されている奈良団扇。しなやかさの秘密は、普通の団扇の2~3倍にもなる骨の数だと池田さんはいいます。
昭和初期には7、8軒あったという奈良団扇のお店も、今では池田含香堂ただ1軒。奈良県の伝統的工芸品に指定されている奈良団扇は、すべてこの池田含香堂で作られ、守られているのです。
阿倍仲麻呂の百人一首の歌に鹿や三笠山があしらわれたうちわ
三条通りに面して店を構える創業約170年余の池田含香堂
使わないともったいない
「実用的なものはシンプルなものが多く、装飾的なものは壊れやすい」というイメージがある中で、奈良団扇はその両方を兼ね備えていると池田さんは言います。
「竹にあうもの、和紙にあうもの、かたち、大きさ、しなり方を見極めながら、1本ずつ違ううちわをつくっているので、奈良団扇は30~40年持つような団扇になります。壊れないようにとタンスに仕舞っておくともったいないので、どんどん使ってほしいですね。以前、50年以上前のうちわを持ってきてくださったお客さまがおられました。色は薄れていたものの、しっかり使えましたよ」
池田含香堂6代目、池田匡志さん
工房は店のすぐ奥にあります。直接お客さまの声に耳を傾け、ときには作り手としての一歩踏み込んだ説明ができることにも喜びを感じるという匡志さんは1990年生まれ。5代目のお父さまを幼いころに亡くされ、ご自身も伝統工芸士となられたお母さまやご家族と奈良団扇の伝統を継承し、時代に合わせた新作にも数多く取り組んでいます。
技と手間が生む美しさとつよさ
池田含香堂では、持ち柄と骨になる竹、奈良団扇のために特別に漉(す)いてもらう伊予紙など、素材の調達を除き、すべての工程を家内で行います。たとえば「小割(こわり)」は、竹の上部を刀で細かく割いて骨にする作業です。一般的なうちわの骨数は30本ほどですが、奈良団扇は60~90本。1本の骨が細いほど、しなりが強くなり少しの力で大きな風を生みだしますが、手間も時間も数倍かかります。
奈良団扇の骨数は通常の2~3倍の60~90本。形を保つため8の字に糸を編みこむ
コーティングして1年寝かせた和紙。刷毛目が見えないよう丁寧に何度も染める
骨に貼る和紙の下準備には、少なくとも2年が必要です。まず、松ヤニやニカワなど伝統的な材料を配合したコーティング剤(ドーサ液)を塗って1年寝かせます。その後、刷毛で色を染め、定着させるためにさらに1年以上寝かせます。染料は大豆の絞り汁など天然材料をベースに、白色・茶色・水色・黄色・赤色の五色が定番です。
こうして時間をかけて作られた和紙に、ようやく奈良団扇の特徴である透かし彫りがほどこされます。一度に彫る枚数は団扇10本分にあたる20枚。これだけの厚みをもたせて彫るのは、作業効率のためだけではなく、一番良い切れ味を出すためなのだそうです。ミシンのように点と点をつなぐ「突き彫り」という特殊な技法でリズミカルに彫りすすめる池田さん。刀の柄も握りやすいように自作します。
刃物は点と点をつなぐように垂直に「突き彫り」する
前傾で体重をかけてリズミカルに彫る
透かし彫りの際は、刃先がほんの少し斜めに入っても裏表の模様がずれてしまいます。同様に和紙を骨に貼るときも裏が見えないよう、しかも均一に仕上げるためには、繊細さと速さが必要です。その後、骨と紙の隙間を埋める「念はぎ」、補強と装飾を兼ねた「手元」と呼ばれる和紙を貼るなど、熟練した技術が求められる13の工程を経て、ようやく奈良団扇が完成します。
一番細かい図案になると、透かし彫りだけで3週間はかかるという奈良団扇。そのしなやかさと美しさは、効率化が求められがちな現代の私たちに、本当のゆたかさとは何かを問いかけているようです。
和紙が伸びないように水分を少なくした糊も自家製
骨と紙の隙間を埋める「念はぎ」は竹板を2枚合わせた道具を使う
切り口を美しく保護するため「手元」と呼ばれる和紙を貼る
「青海波に千鳥」や「飛天」など超絶技巧がほどこされた奈良団扇
奈良団扇の技法で裏を絹張りにした「奈良扇子」も人気
登大路ホテル奈良からのアクセス
池田含香堂
https://www.narauchiwa.com/
奈良市角振町16
近鉄奈良駅から東向き商店街を南下、三条通りを西へ約180メートル
開店時間 9:30~18:30(4~8月は無休、9~3月は月曜休)
奈良団扇作り体験(約2時間)は1週間前までに予約(繁忙期は休み)
※2026年5月現在の情報です。