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2023.08.02

山の辺の道 ― 石上神宮から長岳寺 ―

綴る奈良
山の辺の道

「山の辺の道」は、奈良盆地の東側、笠置(かさぎ)山地の麓に沿って春日山(奈良市)と三輪山(桜井市)を南北に結び、その名前は日本書紀や古事記にも記されています。かつて淡水湖だった大和盆地の東湖岸より標高の高い交易ルートとして発達したであろうこの古道は、奈良時代に入るとより低地に整備された上ツ道、中ツ道、下ツ道などの官道にその役割を譲っていきました。

現在、一般的に「山の辺の道」と呼ばれるのは、天理駅から桜井駅の東を南北に延びる約16キロメートルの道のりを指します。起伏も少ないハイキングコースですが、できれば数回に分けてゆったりした気分で歩くのがおすすめです。そこで北から南へ2回に分けて、主要スポットをご紹介します。今回は天理駅から石上神宮を通り長岳寺まで約8キロメートルのコースです。

| 天理駅から石上神宮へ

天理駅前広場コフフン内の観光案内所

ー 天理駅前広場コフフン内の観光案内所

ハイキングコースとして整備されている山の辺の道は、基本的に地図なしでも歩くことができますが、JRと近鉄が乗り入れる天理駅前の観光案内所で、パンフレット類を入手することができます。駅前商店街から石上(いそのかみ)神宮までは2キロメートルほどあるので、急ぎの場合はタクシーで、余裕があれば昭和の風情が残る駅前商店街から天理教神殿を東へ進み、県道51号線を南下、布留川(ふるがわ)を渡ると高台に鬱蒼とした石上神宮の杜が目に入ります。

石上神宮楼門

ー 石上神宮楼門

国宝七支刀(ななつさやのたち)で有名な石上神宮は、第10代崇神天皇の時代に創祀されたと伝わる日本最古の神社のひとつです。かつては本殿がなく、御神体が祀られているという禁足地と呼ばれる神域の土中からは、勾玉や鏃(やじり)など数多くの宝物が出土しました。国宝の拝殿は、1081年に白河天皇により寄進されたと伝わります。1318年建立の楼門は国の重要文化財に指定されています。

石上神宮境内

ー 石上神宮境内から南へ山の辺の道が続く

境内を自由に闊歩するニワトリの鶏舎に沿って南へ続く道が、山の辺の道のはじまりです。辻ごとに道標が立てられ、トイレも数キロ毎に設置されており、安心して歩くことができます。道の途中には野菜や果物の無人販売所もあるので、気になる方は小銭を多めに。一方、自動販売機は少ないため、飲み物はこまめに補給できる分量をあらかじめ準備しておくのが無難です。

山の辺の道

ー 辻ごとに道標があるため安心して歩ける

| 廃仏毀釈の波に消えた内山永久寺

石上神宮から南へ1キロメートル足らず、軽く坂をのぼった先に現れる広々とした空間が、「内山永久寺(うちやまえいきゅうじ)跡」です。内山永久寺は1114年(永久2年)に鳥羽天皇の勅願によって創建され、広大な敷地に52坊を数える大和有数の大寺院でした。南北朝時代に後醍醐天皇が立ち寄ったとされる「萱の御所」もあり、興福寺の末寺として隆盛を極めましたが、明治の廃仏毀釈によって廃寺となり、続く大火でほとんどが焼失したといわれます。案内板の「和州内山永久寺之図」(江戸後期の絵師 堀田連山画)には、往時の様子が詳細に描かれています。石上神宮楼門前にある出雲建雄神社割拝殿(国宝)は内山永久寺跡から移築されたものです。

本堂池のみが残る内山永久寺跡

ー 本堂池のみが残る内山永久寺跡

「和州内山永久寺之図」(現地案内板より)

ー 「和州内山永久寺之図」(現地案内板より)

内山永久寺跡から石上神宮へ移築された割拝殿

ー 内山永久寺跡から石上神宮へ移築された割拝殿

| 茅葺屋根が珍しい夜都伎神社

夜都伎神社の茅葺拝殿

ー 夜都伎神社の茅葺拝殿

内山永久寺から柿畑を抜け、石畳の道をくだり、天理観光農園を通って1.5キロメートルほど歩くと、乙木町の入口に夜都伎(やつぎ)神社があります。古くから春日大社とゆかりが深く、珍しい茅葺屋根の拝殿の奥の朱塗りの本殿には、春日四神や経津主神(ふつぬしのかみ)などが祀られています。ここから南へ続く道は集落や畑の間を通るほぼ直線で、大和盆地と山々を眺めながらのんびり歩くことができます。

山の辺の道_無人販売所

ー 道の途中には無人販売所や休憩所が点在

| 環濠集落と大和古墳群

自衛の環濠跡が残る竹之内集落

ー 自衛の環濠跡が残る竹之内集落

山の辺の道の東側に家々が結集するように並び建つ竹之内や利根早生(とねわせ)柿の発祥地でもある萱生(かよう)の町は、戦国乱世に自衛のためにつくられた環濠集落の風情を今に残しています。付近には古墳出現期から前期にかけて形成されたとみられる「大和(おおやまと)古墳群」もあります。古墳の成立過程を知るうえでも重要な古墳群です。

西山塚古墳の濠も利用した萱生環濠集落

ー 西山塚古墳の濠も利用した萱生環濠集落

一方、多くの古墳が点在するために、家の下から古墳が見つかったという人や、古墳の一部が古くから墓地として利用されるなど、古くから集落が形成されてきた山の辺の道周辺ならではの事情も。それらも含め、古墳時代から古代、中世、近世、近代、現代まで、ゆるやかに交錯しつつ、山の辺の道は独自の景観をはぐくんできたといえるのかもしれません。

集落と古墳と果樹園がまじりあう山の辺の風景

ー 集落と古墳と果樹園がまじりあう山の辺の風景

| 花と文化財の寺、長岳寺

山の辺の道の南北の中ほどにある長岳寺(ちょうがくじ)は、824年淳和天皇の勅願により弘法大師が創建したと伝わる古刹です。天理市トレイルセンター横の大門からツツジの参道を道なりに進むと、受付の奥に平安時代建立の鐘楼門(国の重要文化財)が見えます。

現存する日本最古の鐘楼門(長岳寺)

ー 現存する日本最古の鐘楼門(長岳寺)

隆盛時には9万4000坪もの広大な境内に48の塔頭(子院)、300人余りの僧兵を持つ大寺であった長岳寺も、兵火や明治時代の廃仏毀釈によってその多くを失うこととなりました。現在1万2000坪の境内には、四季折々の花など多くの見どころがあるほか、室町時代の庭園を持つ落ち着いた佇まいの旧地蔵院や、本尊 阿弥陀三尊など重要文化財が多いことでも知られます。毎年10月下旬から11月にかけては狩野山楽筆による精緻な「大地獄絵」が開帳され、住職による絵解きが行われます。

長岳寺本堂と鐘楼門

ー 長岳寺本堂と鐘楼門

天理市トレイルセンター

ー 天理市トレイルセンター

隣接する天理市トレイルセンターは、近年リニューアルされて人気の洋食堂を併設、情報収集や休憩はもちろん、地元の特産品なども販売しています。トレイルセンターの南脇から延びる広い道を西へ進めば、JR柳本駅へは徒歩15分程度です。長岳寺の大門からかつての表参道を西へ進めば、江戸時代の幹線道路「上街道(かみかいどう)」との五叉路に、心柱一本で立つ傘型建造物「長岳寺五智堂(ごちどう)」があります。井原西鶴の『日本永代蔵』にもこのお堂の話が出てくるなど有名だったようです。

長岳寺五智堂

ー 上街道に面する長岳寺五智堂

五智堂から上街道を南へ数分進むとJR柳本駅前通りに。柳本駅構内には新設された観光・地域交流センターと食堂があり、こちらをスタート地点として山の辺の道を北上することもできます。

JR柳本駅

ー JR柳本駅

◇石上神宮へのアクセス
JR・近鉄天理駅から東へ徒歩約30分(2.2キロメートル)
※天理へは、近鉄奈良駅前から奈良交通バス「天理駅」行きで40分前後

◇長岳寺へのアクセス
JR桜井線(万葉まほろば線)柳本駅下車、東へ徒歩約15分(約1キロメートル)

◇関連サイト

天理駅前広場コフフン インフォ&ラウンジ 石上神宮 内山永久寺跡 夜都伎神社 長岳寺 天理市トレイルセンター 観光・地域交流センター、駅中食堂ピクトン

◇主な参考資料
『山辺の道 近畿日本ブックス12』近畿文化会 綜芸舎 1987

※2021年4月現在の情報です。